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好評の科学エッセイ「海老と鯛に学ぶ 生物進化論」、その後編をお届けします。
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黒岩義之(財務省診療所長、帝京大学客員教授、横浜市大学名誉教授)
栗田 正(帝京大学ちば医療センター神経内科教授)
第3章 5億年間、首尾一貫してぶれなかった口腔、眼、生体時計、自律神経
前章で私たちは、ドラスチックな「進化」が5億年前の無脊椎動物から脊椎動物への分かれ道で起こったことを学びました。
しかし一方、無脊椎動物と脊椎動物を通して、首尾一貫して変わらない、「初志貫徹型」ともいえる生命機構も少なくありません。無脊椎動物と脊椎動物の先祖が分かれた5億年前より、「自然免疫」システム、昼と夜を区別する「生物時計」の遺伝子、光を感じとる蛋白質(「視物質」と言います)ができていました。神経の働きを沈めるGABA、ストレスを緩和させるオキシトシン、血圧を上昇させるバゾプレシンなどの神経ホルモン(神経伝達物質)も、無脊椎動物から私たちヒトまで活躍している生体物質です。
このように、無脊椎動物から脊椎動物への分かれ道以前から無脊椎動物と脊椎動物に共通して存在するものに注目しましょう。
水や餌をとりこむ「口腔」は海中の無脊椎動物(イソギンチャクなど)から存在している古い器官です。頭の器官の位置関係、すなわち水や餌を取り込む「口腔」が頭部の腹側にあり、光を感じる「眼」と明暗と温度を感じとる「生物時計」が頭部の背側にある点は無脊椎動物・脊椎動物を通じて変わりません。それほど、「口腔」、「眼」、「生物時計」の3器官は長い生命の進化の過程で、一貫して「ぶれない」器官だったのです。
実際、光を感じる「眼」の中にある光を感じとる視物質の分子構造、「生物時計」の遺伝子は無脊椎動物・脊椎動物を通じて、ほとんど変わっていません。
進化の切り口からみると、「口腔」、「眼」、「生物時計」の3つはお互いに引けを取らない古さを誇り、5億年前のカンブリア紀から、弱肉強食の環境下で、動物の生存にはなくてはならない器官として活躍してきました。
「生物時計」があるのは自律神経を監督、制御する「視床下部」という場所です。自律神経は「生物時計」のリズムに合わせて全身の内臓(肺、胃、腸など)が協調しながら働くように監督しており、無脊椎動物と脊椎動物の分岐点以前から存在した古来の神経です(図7)。
すべての生物は太陽の周りを公転する地球環境の下で自らの「いのち」をコントロールしています。植物界も含めて生物は「生物時計」をもち、内部環境のバランス(「ホメオスタシス」と言います)を保ち、体内をコントロールする自動制御装置をもっています。
このような生物の自動制御装置は、岩石やヒトが作った機械など無生物にはありません。地球の歴史の流れの中で、この生物の自動制御装置をより見事に進化させたのが動物の自律神経です。自律神経は、万が一その働きを失えば「いのち」にかかわる重要なシステムであり、「いのち」の神経とも呼ばれます。
第4章 謎の惑星、地球と「いのち」の関係
永遠の謎である惑星、地球は「太陽の惑星」と言われていますが(図8)、地球は太陽からの光と熱の恵みを受けています。
地球上の生物が受ける環境シグナルである光は、光合成(葉が炭酸ガスと水から、酸素と糖を作り出す現象)を行う植物が生き残るために必要です。また地球の自転に応じた光シグナルにあわせた昼と夜を見分ける「生物時計」はバクテリアの中に既に存在しています。
光シグナルを視覚信号として感じとる感覚器(眼)の有る動物があらわれたのは、三葉虫が栄えたカンブリア紀(4~5億年前)とされています。感覚器(眼)は餌を取って生き残るために必須な道具となりました。もちろん、三葉虫は「虫」と命名されているように、「無脊椎動物」であり、「魚」よりずっと古くからある動物です。
一方、地球は「水の惑星」とも言われますが、地球は海や川からの水の恵みを受けています。水を運搬する「運河」(「アクアポリンチャネル」と言います)は植物の茎・葉・根に存在します。アクアとは「水」、ポリンとは「穴」を意味します。春に桜の木の聴診器を当てて聞くと、水の流れる音が聞こえます。魚卵が孵化した時に水中で浮力を得るために「アクアポリン」が役立っています。
第5章 「こころ」の進化
こころはどのように進化してきたのでしょうか。夢の研究で有名なシグモンド・フロイド(Sigmund Freud)は、私たちの「こころ」の決断は、自分自身の「どこか」が無意識に行っているのです(“The decision should come from the unconscious, somewhere within ourselves.”)と言いました。
物理学者として有名なアルバート・アインシュタイン(Albert Einstein)は、私たちの「こころ」の決断には、直感が最も大切です(“The only real valuable thing for our decision is intuition.”)と言いました。
フロイドが言った自分自身の「どこか」とは何なのか、考えてみましょう。
私たちの「こころ」の決断のやり方には3種類の作法があります。
(1)本能による「こころ」の決断
犬でも、ネコでも、人でも、空腹でお肉を見ると、よだれが出てくるのは同じです。おなかがすいたら、ご飯を食べたくなり(食欲)、たらふく食べたら、食欲が消える。のどが乾いたら、水を飲みたくなり、いっぱい水を飲んだら、のどの乾きがなくなって水を飲みたいと思わなくなる。太陽が沈むと眠くなり睡眠をとり、朝になると、目が覚める。このようなことはすべて脳(視床下部という場所)が関わる本能的な「こころ」の決断です。
(2)恐怖や期待による「こころ」の決断
蛇や地震は虫でも、ネコでも、人でも嫌いです。直感的に好きなものを求めて、怖いもの(嫌いなもの)を求めない。直感的に得になるもの(ワクワクするもの)を求めて、 損するものを求めない。このようなことはすべて脳(扁桃体や側坐核という場所)が関わる感情的な「こころ」の決断です(図9)。
(3)理性や想像による「こころ」の決断
善(正しいもの)を求めて、悪(誤っているもの)を求めない。これは脳(前頭前野という場所)が関わる理性的な「こころ」の決断です。
脳の進化の切り口から見ると、(1) は昆虫の脳にもある本能中枢が、(2) は爬虫類の脳にもある側坐核や、哺乳類の脳にもある扁桃体が、(3)は人間の大脳新皮質(前頭前野)が関与する「こころ」の決断作法と考えられます(図10)。
(1) → (2) → (3)の順に「こころ」の決断作法も進化を遂げてきたのでしょう。
図の引用に関して
図8:An EPIC Eclipse : Natural Hazards|NASA より
筆者紹介
黒岩義之 [くろいわ・よしゆき]
1973年 東京大学医学部医学科卒。米国留学、東京大学神経内科 医局長、岩手医科大学神経内科 助教授、虎の門病院神経内科 部長を経て1992年 横浜市立大学神経内科 主任教授。2010年 横浜市立大学医学部長ならびに全国医学部長病院長会議会長、医学教育への貢献で「秋の園遊会」に招かれる(文科省推薦)。2012年 帝京大学医学部附属溝口病院 脳卒中センター長。2014年 財務省 診療所長。現在、日本自律神経学会 理事長/東京都医学総合研究所 理事/虎の門病院 嘱託医/冲中記念成人病研究所 評議員/日本脳科学連合 監事/日本医学会 評議員/医薬品医療機器総合機構 専門委員/「神経内科」誌 編集委員長/厚労省「重篤副作用総合対策検討会」委員として脳科学分野で活躍中。
栗田 正 [くりた・あきら]
1980年 東京慈恵会医科大学医学部医学科卒。2006年 東京慈恵会医科大学附属青戸病院神経内科診療部長 准教授。2007年 東京慈恵会医科大学附属青戸病院副院長。2008年 東京慈恵会医科大学附属柏病院神経内科診療部長 准教授。2008年 東京慈恵会医科大学附属柏病院東葛北部患者支援・難病センター長を経て、2014年 帝京大学医学部ちば総合医療センター神経内科教授。