名古屋駅前には愛知県だけでなく、近隣県からも大勢の子ども・若者が集まってきます。彼らの中には、様々な悩みや問題を抱え、学校や家庭に居場所のない子も。「全国こども福祉センター」のメンバーは、毎週土曜の夜、子ども・若者を狙う悪質な勧誘などから彼らを守り、仲間になろうと繁華街で声かけ活動を行っています。
「アウトリーチ」という手法で、子ども・若者とつながる同センターの活動は、多くの青少年の非行や孤立を未然に防いできました。今年6月、運動本部では、こうした取り組みに対し「小さな親切」実行章を贈呈。活動を取材させていただき、荒井和樹理事長にお話をお聞きしました(情報誌『小さな親切』夏号〈№535〉にも掲載しています)。
子ども・若者自身が声かけと交流の拠点を築く
土曜日の夕方、名古屋駅前に「全国こども福祉センター」のメンバーが続々と集まりました。荒井理事長が講師をつとめる大学のゼミ生、SNSでボランティア募集の告知を見たという大学生、活動に賛同する社会人のほか、かつて自分が声をかけられたことで、仲間に加わったというメンバーも複数。中には、様々な問題を抱えるメンバーもいますが、彼ら自身が同じ悩みを持つ子ども・若者とつながろうと声かけ活動に参加し、組織の運営にも関わっているのが同センターの大きな特長です。
参加は強制ではなく、役割分担も特にありません。人ごみに向かって積極的に声かけをする子もいれば、スマホをいじっている子もいますが、誰かが指示したり、注意したりする様子もなく、すべてメンバーの自主性に任せられています。
着ぐるみを着るのは、声かけ対象である子ども・若者の目に留まるようにするため。興味を持ってくれた子には、活動内容を説明し、定期的に行っているバドミントンやフットサル大会などへ誘います。また現在、同センターでは、活動内容に対して制限を課せられたり、成果を求められたりする助成金は受け取っていないため、主な活動資金となる募金の協力も呼びかけています。
メンバー同士がコミュニケーションをとることも、大切な活動の一環。活動を終えた後は、事務所に戻り一緒にごはんを食べたり、カードゲームをしたりして過ごします。ここでも、自主的に募金額の集計をしたり、料理をふるまったり、雑談したりと、各々がやりたいことをする様子は、まるで一つの「家族」のよう。この関係づくりこそ、同センターを立ち上げた荒井理事長が目指す、「アウトリーチ」の形です。
アウトリーチは、「(外に)手を伸ばす・さしのべる」の意味があり、1800年代のイギリスで、病院や援助機関などに自ら行けない人を訪問し、看護・支援を行った慈善活動が始まり。日本の福祉分野では、高齢者や障がい者、ひきこもりなど要支援者への家庭訪問、または訪問支援と定義されることが多いようですが、同センターのアウトリーチは、活動を通じてつながった子ども・若者たちの「仲間づくり」が最大の目的です。
漠然とした悩みを抱え、夜の街などを彷徨っていた子は、人とつながることで自分の問題を認識し、解決する力、立ち直る力を身につけます。また、組織の運営に携わることで、様々なトラブルや課題に立ち向かう力を養います。
独自のアウトリーチ誕生のきっかけ
福祉大学卒業後、児童養護施設の職員となった荒井理事長は、学校や施設に馴染めず居場所をなくした子が、SNSや繁華街で水商売や性風俗、闇バイトなどの勧誘を受け、トラブルに巻き込まれていくケースをたくさん見てきました。一方、管理されることを嫌い、施設への入所を拒否したり、援助されることを「恥」と感じ受け取らない子も。児童福祉に携わる者として、福祉や支援が子どもたちに届かない現状に衝撃を受け、新たな支援の形を模索します。
まずは、問題を抱える子ども・若者を見つけるため、大学のインカレサークルなど若者の多いコミュニティーでアウトリーチを行い、彼らの居場所づくりを目指しましたが、教育・福祉関係者からは、なかなか理解を得られませんでした。そんな中、真っ先に協力を申し出てくれたのは、10代・20代の子ども・若者たち。彼らの協力のもと、2012年、全国子ども福祉センターを設立し、本格的に活動を開始しました。
当初は、組織運営のためのルールを設け、能力や成果でメンバーを評価していた荒井理事長でしたが、様々なタイプの子がいる中、彼らを管理するようなやり方では、傷つき、離れていくメンバーもいると気づきました。
また、自分自身がメンバーに運営上の悩みを相談したり、励ましてもらったりするうち、彼らを「支援する」のではなく、一緒に活動する「仲間」として対話を重ねることが、お互いの自己成長になると実感。やがて同センターの活動は、人間関係やコミュニティーづくりに重きをおいたアウトリーチへと、シフトしていきました。
荒井理事長によると、同センターに関わる子ども・若者は、学歴社会や競争社会、外見の良し悪しなど、世間の価値観で評価されることで、自分の存在意義が揺らぎ、苦しんでいる子が多いといいます。彼らの根底にあるのは、「自分のことを、本当に大切にしてくれる人が欲しい」との想い。それに応えるには、「支援・被支援の関係だけでは難しい。良いときも悪いときも、ずっと関わり続けるのがこの団体の強み」と話してくださいました。
様々な問題から活動に参加できなくなった子が、また戻ってきてくれたときが一番嬉しいという荒井理事長。メンバーたちと和気あいあいと過ごす様子は、理事長というより、“頼りになるお兄さん”。常に笑顔で、どの子に対しても驚くほど丁寧に接している姿が、印象的でした。
成果をはかることは難しい活動ではあるものの、「どんな自分でも受け入れてくれる場所」がある安心感は、悩みや孤独を抱える多くの子ども・若者の支えになるのではないでしょうか。
のびのびと活動しながら、お互いを思いやるメンバーたち。ある若者の「メンバーは“友達”ではなく、“仲間”」の言葉が、心に響きました。
【プロフィール】
NPO法人 全国こども福祉センター 理事長 荒井和樹
中京学院大学専任講師/保育士/ソーシャルワーカー(社会福祉士)
1982年生まれ。北海道苫前郡出身。日本福祉大学大学院社会福祉学研究科修士課程修了。2012年、全国子ども福祉センターを設立(2013年法人化)。2023年、第1回「未来をつくるこどもまんなかアワード」内閣総理大臣表彰受賞。著書に『支援を前提としない新しい子ども家庭福祉 子ども・若者が創るアウトリーチ』(せせらぎ出版刊)。