近所づきあいが避難(ひなん)生活をささえてくれました(その5)
宮城県・看護師さんの話(その5)
【あらためて、地域のつながりの大切さ】
くり返しになりますが、避難生活をのりこえられたのは、地域のつながりがあったからです。私たちの地区はもともと漁村で、漁師仲間の結びつきが強かったと思います。この地区にくらす人々はおさななじみが多く、ふだんから会うたびにあいさつを交わしていました。
おすそ分けはもちろん、近所どうし「しょうゆ」や「みそ」などの食品をかしたり、かりたりする関係でした。言葉を変えて言えば、おせっかいともなるが、それが避難所での親切につながった。
お祭りもさかんな地域で、5月には神社の例大祭でにぎわいますし、おおみそかには地域の人の多くが神社につめかけます。
また、顔見知りがほとんどだったため、避難した人の多くは自分の不幸をなげく前に、津波でなくなった方の不幸を悲しむ人が多かったのです。